概要
超高層住宅や橋梁などの建築・土木事業を手掛ける総合建設会社である三井住友建設株式会社(以下、三井住友建設)。物流・物量が複雑化する建設現場ではICT活用が生産性に直結するものの、高層階においては通信キャリアの電波が届かないため、業務に不可欠な通話や生産管理システムなどが利用できないという課題がありました。そこで、高層階での通信環境改善のため衛星通信サービス「Starlink Business」とメッシュWi-Fi「PicoCELA(ピコセラ)」を導入。
高さ100メートルを超える建設途中の施工階でも、通話や図面確認、遠隔監視用のWebカメラの利用が可能となり、“人をつなぐICTシステム”を利用してコミュニケーションの改善と業務効率化を実現しました。
①高さ100メートルを超える超高層住宅の施工現場では、通信キャリアの電波が届きにくく、通話や図面確認ができず業務に支障をきたしていた。
②現場を遠隔監視するWebカメラが利用できず、特に施工階での作業進捗確認やトラブル発生時の対応をリアルタイムに行えなくなっていた。
①「Starlink Business」と「PicoCELA」の導入により、施工階でもスムーズに業務が行えるようになり、通信するために作業員が低層階へ移動する必要性がなくなった。
②施工階が高層エリアに入っても、変わらずWebカメラ映像が確認できることで、物流が複雑でより厳密な管理が必要な現場でも遠隔監視が可能になり、リアルタイムで情報共有して業務効率を改善できた。
「我々のニーズをちょうど満たすものは現状
『Starlink Business』以外考えられませんでした。」
三井住友建設株式会社 建築本部 次世代生産システム部 課長
中谷 和孝 氏
「デジタルを活用した次世代建設生産システムの推進」をICT戦略の一つとして掲げている三井住友建設では、生産性の向上を目的としたIoTやAI、ロボティクスなど先進的なテクノロジーの活用を進めています。その一環として、同社の主要ビジネスの一つである超高層住宅などの建築事業においては、主要構造部位をプレキャスト化し、その製品の生産管理をPATRAC(パトラック/Precast Automatic TRACing system)と呼ばれるシステムで管理し、近年複雑化する建築製品の工程・品質・物流のICT管理化に取り組んでいます。
「鉄筋コンクリート造の超高層住宅をつくる際に欠かせない技術として、プレキャスト工法というものがあります。製造工場で柱や梁などを運搬可能なサイズに分割したプレキャスト製品を作り、建設現場で建て込みする工法です。一般にプレキャスト工場は建設現場から離れた場所であることが多く、複数の工場からさまざまな製品を大型トレーラーで現場へ搬入するため、サプライチェーンの管理は重要かつ厳密に管理しなければなりません(近隣道路の交通渋滞や無駄な待機時間を招くため)。
PATRACは、作業進捗や部材管理状況など生産工程に関わるあらゆる情報をICTで見える化し、業務プロセスを最適化することが骨格の一つとなっています」(菅谷氏)
生産工程においては、現場のみならず工場など外部の協力会社を含めた情報のやりとりが多く、今まではFAXやメールといったアナログな方法で伝達する場面もありましたが、PATRACを通じて関係者が誰でも状況を把握できるような環境の構築を目指しています。
このような取り組みから、リアルタイムな情報取得がより重要度を増す中、ある問題が浮き彫りになったと中谷氏は語ります。
「超高層住宅は、工事が進捗し施工階が100メートルを超える高さに入ると通信キャリアの電波がつながりにくくなることが以前からの課題でした。現場の作業員は、スマートフォンやタブレットを使って通話はもちろん、チャットツールの利用や図面確認、工事の工程情報の取得などを行っています。また、現場には遠隔監視用に設置しているWebカメラも多数あり、通信環境の劣化が業務効率の低下を招いていました」(中谷氏)
通信キャリアの電波が届かなくなると外部から光ファイバーを引き込み、下階からLANケーブルを配線して各フロアに中継器を設置し、Wi-Fiを介して各通信端末をつなぎます。ただしこの方法は、現在進行形で工事を行っている最上部の施工階へは即座に実施ができないため、通信環境が整うまでにタイムラグが発生していたと菅谷氏は語ります。
「最速の施工速度の場合、3日でワンフロアずつコンクリートを打ち上げるので、その都度Wi-Fiの工事をするのは現実的ではありません。さらに、施工階は建設資材が山積しており頻繁に移動や作業が行われるため、作業員の安全や通信機器破損の可能性から設置場所の環境として相応しくなく、どうしても施工階へのネットワーク対策は後追いになっていました」(菅谷氏)
電波がつながらない場合、作業員は数フロア下に降りてスマ—トフォンやタブレットを使用するしかない状況でした。フロアを往復する移動時間のムダが多く発生し、現場からも改善要望が出ていたそうです。
「Webカメラが見えなくなるというのも大きな問題でした。荷取場に『どの運送会社のトラックが来ているのか』『何台目の積み下ろしが終わったのか』などの状況を施工階にいる作業員がリアルタイムに把握する必要があります。システム上で確認することもできますが、予定が数分ずれ込んだときにすぐリアクションをとるためには、各荷取場を映像で確認するのが一番確実な方法です。荷取場以外にも、施工階での作業進捗やトラブル発生時の確認を行うためにカメラ映像を活用しています。特に物流が複雑な現場では、Webカメラの利用は不可欠になっています」(中谷氏)
インタビューに応える菅谷氏と中谷氏
高層階、特に施工階においても業務を滞らせることなくネットワークを利用するため、三井住友建設が検討を進めたのは衛星通信サービス「Starlink Business」でした。
「タイムリーにソフトバンクさんから『Starlink Business』のご提案をいただきました。『Starlink Business』であれば、衛星から電波を受信するので、100メートルを超える高層エリアでの通信が可能です。さまざまな設置シミュレーションを作成いただき、ある程度方向性が定まった段階で社内承認の取得に走りました。ほかのサービスも検討しましたが、我々のニーズをちょうど満たすものは現状『Starlink Business』以外考えられませんでした」(中谷氏)
しかし、ある程度アンテナの設置イメージを練っていたものの、構成確定までには非常に苦労をしたと中谷氏は振り返ります。
「現場全体をカバーしつつ、衛星の電波を一番効果的に受信できる場所として思い浮かんだのが、タワークレーンでした。タワークレーンであれば、遮蔽物が少ない最上部に設置されていますし、施工階が進んでも初回に設置すれば一緒にクライミングするため、付け替えの手間はなくなります。しかし『Starlink Business』は電波をアンテナで受信後、通信ケーブルを有線でつなぐ必要があるため、360度旋回するタワークレーンにそのまま取り付けると、途中で通信ケーブルがねじれて切れてしまいます。その点で、どのように設置していくべきかチューニングが必要でした。
また、当初は『Starlink Business』のみを設置すれば施工階の全領域をカバーできると考えていましたが、現地調査の結果からそれだけでは足りないことが分かり、無線LANのカバーエリアを広域化することができるメッシュWi-Fiの『PicoCELA』を一緒にご提案いただき、設置することになりました。『PicoCELA』のアクセスポイントや『Starlink Business』のアンテナ設置場所も含めて、全体として成り立たせる構成にすることに苦労しました」(中谷氏)
タワークレーンの旋回部分の課題については、PLC(Power Line Communications)と呼ばれる通信技術を用いることでクリアすることができたそうです。元々タワークレーンの電源ケーブルは、旋回しても切れないよう特殊な接続(スリップリング)を施してあり、その電源ケーブルを通信ケーブルとしても利用する手法を開発したことで旋回を気にせず設置することが可能になりました(本手法は三井住友建設にて特許出願中)。
最終的に、タワークレーンのガントリー部分へ「Starlink Business」のアンテナを1台設置し、PLCで電源ケーブルを経由して「PicoCELA」の親機につなぎ、複数の子機からWi-Fiを飛ばすという構成が決まりました。また、高層であることやタワークレーンの旋回を鑑みて、耐風性の強いマリンプラン対応のアンテナを採用し、安全性を高めた上で設置を行いました。
「設置の際にはSBエンジニアリングさん側からも配線の職人さんたちに来てもらい、タワークレーンに一緒に上って現場を見ていただきました。『タワークレーンには設置したことがないので、ぜひやらせてください』と前向きな姿勢で取り組まれる姿が頼もしかったです。そういう面では、価格が安くても機材提供のみですという業者だったら
『Starlink Business』は設置できなかったかもしれません」(菅谷氏)
本事例のネットワーク機器設置イメージ
「価格が安くても機材提供のみですという業者だったら『Starlink Business』は設置できなかったかもしれません」
三井住友建設株式会社 建築本部 次世代生産システム部長
現場の作業や工期に影響しないスケジュールを組み、5営業日ほどで設置工事は完了。現場から不満の声もなく、スムーズに使用できているそうです。施工階にて通信速度を計測したところ、下りで25Mbpsほど※2出ており、課題となっていた通話や図面確認、Webカメラなど業務上必要なツールは問題なく利用できるようになりました。導入の効果について、菅谷氏は以下のように語ります。
※2 マリンプランS(データ容量50GB)契約での測定値
「直接的な課題は『Wi-Fiがないと通信でのコミュニケーションがとれない』という点でしたが、『高層階の人がシステムを使えない』という間接的な課題の方が大きいと思っています。なぜなら、高層階で仕事をしてる人と、リアルタイムに通信オペレーションが行える人を分けて考えなければ仕事が成り立たないからです。そう考えると、時間単位というより人工単位で負荷がかかってくる可能性があります。人員も同等の能力を持っている保証はないので、下層階の作業を素人の職人が行えば、当然どんどん生産性が落ちることにつながるため、それを防げる効果は非常に大きいと感じています」(菅谷氏)
超高層住宅の建設現場における不感知対策の取り組みを経て、今後の展望についてうかがいました。
「PATRACも然りですが、今後はBIMやウエアラブル機器でのMR・VRの現場活用など、通信が必要なシーンが増えてくると感じています。工事中であっても必ず通信手段を確保するというニーズは多分にあります。今回は施工階メインの対策になりましたが、低層階でも有線ではなくコードレスの『Starlink Business』の方が効率がよい可能性もあるので、通信手段の有力な候補として今後も活用していければと考えています」(菅谷氏)
「当社は今回のように、ICT技術の活用に積極的に取り組んでいますが、差別化というより建設業全体が黎明期という状況です。私たちはどうしても建設業の常識で物事を考えがちなので、いろんな業種・導入事例をヒントにしながら、さまざまな技術やソリューションに対して広くアンテナを張り続けていきたいと考えています。ソフトバンクさんの存在と提案力は非常に心強く感じていますので、引き続きサポートしていただけるとうれしいです」(中谷氏)
建設業界でのさらなるICT活用を見据えて、革新的な取り組みを進める三井住友建設。課題解決に向かって突き進むその歩みは、とどまることなく続いていきます。
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